こんにちは。
スタッフSです。
前回の猿猴橋編をまだお読みでない方はこちらからご覧ください。
西国街道を歩き始め、私が今日たどり着いたのは、
フジグラン広島からもほど近い、デザインマンホールにも職人の姿が描かれていた【仏だん通り】です。
(仏だん通り写真提供:広島市中区地域起こし推進課)
猿猴橋からのルートはこちらの地図をご確認ください。
※上部には広島市城下絵図屏風(文化年間(1804~18年頃・広島城蔵)があり、
現在の市街と比較できるようになっています。
(MAP提供:広島市中区地域起こし推進課 ほうじゃ西国街道であそぼうや より転載)
【広島仏壇】は1978年に【伝統的工芸品】に指定されています。
経済産業大臣の指定を受けた工芸品のことで、宮島細工もこの指定を受けています。
真宗の仏壇は極楽浄土を表現したもので、金箔を使った金仏壇を中心に作られています。
高蒔絵技法・金箔押し・【立て塗】の技法・欄間の技術など熟練した職人の技によって
広島仏壇は作り上げられます。
広島仏壇は1619年浅野長晟公が紀州から転封された際についてきた職人たちから
高度な技術がもたらされたことが発展の礎になったと言われています。
西国街道の沿道には商人や手工業者の住居である町屋があり、多くの職人が
住んでおり、水運が近いなどの要件も重なりやがて仏具店が軒を並べる通りに発展しました。
大正末期からは、職人は弟子を住み込ませて今のフジグラン広島周辺の堀川町、銀山町、鶴見町、
竹屋町、平塚町あたりに住み、仏壇製造の中心地になりました。
制作工程のほとんどを職人が手仕事で行っていることも広島仏壇の大きな特徴の一つです。
木地師(きじし),宮殿師(くうでんし),狭間師(さまし),須弥壇師(しゅみだんし),
塗師(ぬし),蒔絵師(まきえし),かざり金具師の七匠の技が一つになり,広島仏壇が完成します。
製造工程の下地材料には広島のカキの殻を砕いたものも使われているそうです。
戦後、復興とともに繁華街として発展していく中で、場所を伝えるのにわかりやすいため
自然と「仏だん通り」と呼ばれるようになったそうです。
(参考:BUYひろしま<広島仏壇>/広島仏壇冊子:広島宗教用具商工協同組合
<ぶらり商店街NO44 広島商工会議所会報誌2017年2月号掲載>)
仏だん通りにはこちらのロゴをあしらった標識が設置されており≪西国街道の見える化≫がされています。
西国街道の赤、河川の青を用いて広島のまちなか西国街道を表現しています。
(2021 S撮影)
このロゴを取り囲む縁取りは、鯉のうろこからデザインされたそうです。
【鯉城】と呼ばれる広島城の城下町を貫く西国街道こだわりのデザイン秘話ですね。
西国街道の繁栄を支えた職人たちの歴史が今も通りの名前として残っています。
ぜひ皆さまもぶらり仏だん通りを歩いてみてください。
(西国街道マンホールと夜の仏だん通り/写真提供:広島市中区地域起こし推進課)
もっと西国街道について知りたい方は、広島市中区地域起こし推進課の
"ほうじゃ西国街道であそぼうや"を是非チェックしてみてください!
▶次回ブログでは西国街道が生んだ現代の"ひろしま西国街道ブランド"をご紹介します。
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